2007年04月                             

ドリル魂(2007.04.26)

演出をするようになってから、今までに何本も横内作品を客席で観てきたが、正直言ってこんなに刺激を受けたのは初めてだ。
やられた!
と思った。

そして負けるもんかと闘志が湧いた。
そんな芝居だった。

もっと色々書きたいけど、今、自分の公演でとても大きな試練に立ち向かっているので、今日はここまで。

負けるもんか!



お花見雨天中止(2007.04.04)

3バカと呼んでいる。
入団2年目、研究所時代から数えて4年目になる、安達、上土井、新原の同期生トリオのことだ。

個になるとさほど面白くないのだが、3人まとまるとなんとなく眼をひく。妙な味がある。
だからついつい、ひとまとめで使ってしまう。
『サクラ大戦』でも、先日の『儚』でも起用した。
若手役者の中では、オレに使われる率の高い奴らなのだ。
本人達は十把一絡げで扱われることに忸怩たる思いを抱いているようだが、間違いなく3人でいることで得をしている奴らなのだ。

そんな奴らが舞台の上より輝くときがやってきた。
恒例のお花見の余興大会だ。
去年の3バカの宴会芸は素晴らしかった。
あのバカ芸のお蔭で奴らの株がどれほど上がったことか。

今年も奴らは期待を裏切らなかった。
あいにくの天気で桜の下で見られなかったのは残念だったが、しっかり扉座の伝統を受け継いでいた。
近頃酒で脳みそが溶け始めている犬飼淳治くんなどは、感動のあまり滂沱の涙を流しながら笑い転げていた。

宴会の終わった稽古場の隅で、奴らに触発されたのか、山中と犬飼が、来年は俺たちのコンビ芸を復活させようぜと誓い合っていた。



自宅待機(2007.04.02)

ひとつの芝居が終わるとすぐに次の芝居に取りかかる。
こんな事がもうどのくらい続いているだろう。

最近では、稽古をしながら常に幾つかの作品の準備を平行してやっている。

演出を始めた頃は横内さんの作品のリメイクばかりだったので、作品が先にあった。
だから演出するときにはあらかじめ上演台本が目の前にあるものだと思っていた。
ところが最近はそんなことはほとんどなくて、オレにお声がかかるときは作家すら決まっていないことが多い。

その公演やプロジェクトの企画の段階で呼ばれることが多いのだ。
だから、プロデューサーと共に公演の構想を練ったり、作家を選定したり、オーディションや諸々の準備に立ち会うことが多々ある。

それはそれで楽しい作業なのだが、正直まだ俺の実力が、そんな大それたお仕事に追いついていないのが現状。
もちろん、生まれついてのハッタリ男ですから、分かったような顔をしてその場をやり過ごすのは得意です。
でも家に帰ってから、プレッシャーに押しつぶされそうになる。

特に辛いのが人の作業を待つことだ。
自分では手が出せない仕事だから待つしかないことが多い。そのどうにもならない時間が辛い。
キャスティングの決定や、作詞や曲の仕上がりや、切実なところで予算の決定。

中でも一番ヤキモキするのは、台本の上がりを待つまでの間。
断言しおくけど、芝居はまずはホンです。戯曲!
これがどうにもならないと芝居はたぶんどうにもならない。
そしてどうにもならなかった時の辛さはこの短いキャリアの中でも何度か経験しているオレなのだ。
幸い今までは、書き直してもらったり、作家さんに変わってもらったり(!)して本番までにはなんとか事なきを得ている。
まあ、その闘いも相当辛いものなのだが…。

台本が上がってくるまでは本当にドキドキの時間なのだ。
そして今現在、その台本(少〜し先の公演ですよ)が送られてくるのを今か今かと自宅で待っているのだ。
楽しみ半分、心配半分。
だけど言うまでもなく、今、机に向かっている作家はオレとは比べものにならないくらい苦しんでいるはずだ。

いつも思うけど、オレの仕事はとりあえず調理する素材がなければ何も出来ない、いわば第二次産業。
何もないところから言葉や物語を紡ぎだす作家さんは本当に凄い。
無から有を生み出す。なんて素敵なお仕事だろう。
そういう意味では作曲家も凄い。
自分とは異質の才能だ。
第一次産業の人たちのお蔭でオレがいる。


だから、彼らが魂を削って産み出した言葉や音を、それ以上の覚悟を持って取り扱わなければならないといつも肝に銘じているつもり。

それにしても台本が届くのが遅い。
ヤキモキ。
明日の打ち合わせまでに演出プランを立てねばならないのだが…。



明後日からは『エア・ギア』の稽古。
こちらはもう台本がしっかりあるので気分は楽々。
稽古場も希望通り、体育館を押さえてもらった。
本番通りのセットを組んで、ステージングに磨きをかける。
小屋は日本青年館。
デカイところは大好きだ。


それから扉座にとって明日は大事な日。
第11期扉座研究生の入学式だ。
何とか打ち合わせを早く切り上げて駆けつけるつもり。
桜が咲き残っていて良かった。



劇団というものを考えた。(2007.04.01)

ラッパ屋公演『妻の家族』を観た@紀伊國屋ホール

よかった。
鈴木聡さんは本当に上手な作家さんだ。
毎回必ず楽しませてくれる。
こういうのをウェルメイドというのだろうな。

終演後は飲み会に参加させてもらった。
そこで役者さんたちと色々話して、劇団というものを考えた。

ラッパ屋は83年創立で、82年創立の扉座とは同世代の劇団だ。
男の役者はほとんどがオレと同い年で、普段から何かと付き合いがある。

うちとラッパ屋の大きな違いは劇団員の構成だ。
うちが毎年新人を入れているのに対して、ラッパ屋はここ十数年ほとんどメンバーが変わっていない。
毎回たった13名の固定メンバーで舞台を作っている。
マキノさんとこの「MOP」もそうだ。
むやみやたらに新人を入れたりしない。
劇場に足を運べば、いつものメンバーが出迎えてくれて、息の合った芝居を見せてくれる。

対してキャラメルボックスなどは、うちと同じように、精力的に新人を登用しているように思う。

どちらがいいのかは単純に比較できないし、あまり比較する意味もないと思う。

ただ、昨日飲み屋で話していて彼らのほうが、俺たちよりずっと劇団色が濃いなと思ったことがあった。

彼らはいまだに全員で仕込み(舞台のセットを組んだりすること)をしているのだという。
衣裳の洗濯や、小道具の片付けなども自分たちでやっているのだそうだ。
自分でやるしかないのだ。うちと違って若い奴が一人もいないのだから。

彼らはみんな四十を超えていて、あちらこちらで活躍している役者さんたちなんだよ。
でも自分の劇団のことだから当たり前のようにやっている。

彼らと話していて、やっぱり劇団っていいなと思ったよ。
彼らもきっとそうだと思うけど、外で仕事をすればするほど、劇団の良さが分かってくる。
自分の家を持っていることの心強さが分かってくる。


今回『ドリ魂』に取り組む座長を見ていて、まさしく劇団力の再興を目指しているのではないかと思っている。
朝から晩まで稽古漬けになって、みんなで小道具を作り、宣伝活動まで行う。
うちは年齢も技術もバラバラな劇団だ。
だけど、俺たちにしか出来ないことがきっとある。
まだまだ俺たちはやれるはず。



ラッパ屋の飲み会で旧友と再会した。
演出家の山田和也くんだ。
彼とは高校生のときからの友達で昔は良く遊んだんだけど、彼はどんどん立派な演出家になってしまい、役者時代のオレには少し遠い存在になっていたんだ。

久しぶりに会った彼は何も変わっていなかった。
懐かしくてみんなが帰った後もしばし語り合った。
旧友としてもそうなんだけど、なにより同業者として彼と話すのは楽しかった。
あんなに売れていて、名作を数多く生み出している彼も、演出家としてオレと同じようなことに悩んだり、苦労しているんだと知って少しほっとした。


沢山の演劇人から力をもらった夜だった。





build by HLimgdiary Ver.1.23