マイブレード(2006.09.29)
先週、少年マガジン誌上で予告されていたので、やっと情報公開できるみたい。来年の1月に演出する芝居は『エアギア』という人気コミックの舞台版です。 漫画好きの人は知っていると思うけど、このコミックは「エアトレック」という、インラインスケートをはるかに進化させた架空のブレードを駆使して(空を飛んだりする!)主人公が仲間と共に数々の戦いを繰り広げる物語なのだ。 だから、今回の舞台は出演者全員がローラーブレードを履いて、歌って踊って芝居して、バトルすることになる。 役者にそれを要求する以上、このオレ自身が、身を持ってローラーブレードの持つ表現性というの?可能性というの?舞台上でどんなことができるのか、そういったものを体験しなければならないでしょう。 だから、制作さんに頼んでブレードを買ってもらったのである。 買ってもらっただけではなく、ブレード界の第一人者である森さんというインストラクターをつけてもらって、本日、初レッスンを行った。 いやあぁ、楽しかった! なんかね、初めて自転車に乗れたときのような感動があった。 この歳になって、今まで体験したことのないことをやるというのはエキサイティングなことだね。 自分で思った以上に滑ることができた。 でも、止まったり、ターンをしたりとかは本当に難しい。 これで踊ったり、ジャンプしたり、エアーを決めたりすることができるのだろうか? 少し不安。 ま、別にオレが舞台に立つわけではないけど。
あれこれ。(2006.09.19)
昨日、一昨日は月に一度の『豊橋オーレ!』の稽古へ。 参加者の一人が急遽出演を辞退したので、今まで一生懸命作ってきたオープニングダンスのポジショニングが大幅に狂ってしまった。 ダンスにとって立ち位置というのはある意味、「振り」以上に重要なのものなのだ。たった一人がいなくなっても陣形が崩れてしまう。なのでその修正のために急遽時間を割かなければならなくなった。
一般市民が150人もいるのだから、きっと途中でリタイアする人が出るだろうということは予想していたけど、やっぱりこんな事で少ない時間をロスするのはヘコむなあ。
でも、頑張っている人はものすごく頑張っている。 先月と比べ驚くほど進歩している人が沢山いた。 特に年配者の地道な努力には頭が下がる思いだ。 それからちょっとずつだけど、積極的になってきたし明るくなってきた。 子供たちの返事の声が大きくなってきたことがとても嬉しい。 まあ、そんなことで喜んでいるうちは本当の芝居作りの現場には程遠いのであるが…。
これは私見だけど、プロの舞台は結果が全て。でも今回のような座組は、上演までの過程がとても重要だと思う。結果は二の次というか、絶対に後から付いてくる。
日常生活では求められないような頑張りとか、普通にしていれば味わなくてもいい悔しい思いとか、恥辱とか、仲間との軋轢とか、自分の力のなさを思い知ることとか、どうしても踏めなかったステップを覚えた時の嬉しさとか、いつもより美味い酒とか、アンサンブルを知り、ハーモニーの美しさに酔うとか、なんかそういう色んなことをシャワーのように浴びながら、自分のリミッターをぶち壊す。 そうすることで、ちゃんとした生活を営んでいる社会人が、人様の前で生身をさらす舞台人になれるような気がする。 舞台人になることが良い事かどうかは置いといて…。
でも、ほとんどの人にとってこんな機会は一生に一度しかないのだから、残りたったの3ヶ月、大いに日常生活を犠牲にして芝居にのめり込んでもらいたいものだ。
最近は『豊橋オーレ!』以外にも何かと忙しい毎日を送っている。 豊橋遠征の前日は、来年1月にやるミュージカルのワークショップを行なった。 参加したのはこの公演に出演が決まっている、20歳から23歳までの美少年ども。 それぞれ大手プロダクションに所属している、将来を期待されたボーイズたちだ。 さすがにここまで様々なふるいにかけられて生き残ってきただけあって、年齢以上にとてもしっかりした子達だった。 全員から、「この道で俺は生きていくんだ」という強い意志が感じられた。 だから芝居をやらせても、上手い下手は置いといて、重心が前掛かりになっている。照れたり逃げたりしていない。 うちの若手劇団員に見習って欲しいと思ったな。
それから今日は、来年6月にやる予定のオリジナルミュージカルの打ち合わせがあった。 この芝居は企画の段階から参加させてもらっていて、この半年の間、ああだこうだと話し合ってきたのだが、肝心の作家がなかなか見つからなくて、今まであまり進展していなかった。 世の中に良い劇作家は沢山いるけど、ミュージカルが書ける作家というのは結構少ないのです。
先日プロデューサーから良い作家が見つかったとの連絡が入り、今日初めて作家を交えて打ち合わせをしたというわけ。 ちょっと話しただけで、この人は優秀だということがビンビン伝わってきた。 話す内容が面白い。 聞けばまだ32歳。ひと回りも年下だ。 蓬莱君もそうだけど、世の中には若くて優秀なヤツがいるもんだなあ。
今日は他に3月の芝居の打ち合わせもちょこっとやった。 ちょっとやばい。 頭の中で色んな芝居が入り混じっている。
どれも発表前の仕事ばかりで、内容のあることがほとんど書けない!だから今日はここまで。
秋雨前線(2006.09.13)
肌寒い一日でしたなあ。 洗濯物が溜まって、ほんと参るよなあ。 乾燥機が欲しいよなあ。 バスタオル切らしちゃったなあ。 部屋干しするしかないかなあ。
え〜、昨日はですね、大津美子さんを扉座の稽古場にお迎えして、大津さんが出演する場面の抜き稽古をしたのです。 若い人には知らない人も多いと思うけど、大津美子さんは昭和三十年代に『ここに幸あり』を大ヒットさせて一世を風靡した、今年51周年を迎える大物歌手なのであります。
ぼくが子供の頃は、豊橋出身の芸能人といったら、もう、大津美子さんだったのであります。 大津さんがテレビに映るたびに、「この人は豊橋出身だでね。」と親父から聞かされたものです。
ぼくが生まれるずっと前から活躍している方なので、さぞかしお歳を召されていることだろうと思っていたのですが、あまりに若々しくてビックリしたです。 聞けば昭和13年生まれとのこと。 うちのお袋と同い年です。 うちのかあちゃんには申し訳ないけど、大津さんの方がはるかに若く見えます。 そして段違いにお美しい。 いやあ、一般人と芸能人の違いを大いに見せつけられたとですよ。
まだ本番まで3ヶ月もあるこの時期に早々と稽古をしたのは、 大津さんがお忙しいので、やれるときに稽古をしておきたかったから。 それから、意外なことに大津さんは今まで本格的な演技の経験がないそうで、なるべく早くから稽古を開始したいとご本人が望んでおられたから。
稽古はとても楽しくできました。 正直すこ〜し、緊張しましたが…。 だって、郷土が生んだスターですよ。 紅白に7回も出ている大物歌手ですよ。 親父が生きていたらさぞ喜んだことだろうなあ。
本日は扉座事務所にて音楽打ち合わせ。 『豊橋オーレ!』の音楽監督・長谷川雅大さんと。 長谷川さんはギタリストとしても有名だが、ジャニーズミュージカルを始め、様々な舞台の作曲・音楽監督としても活躍されている人。
長谷川さんとは国民文化祭閉会式、bjリーグ開幕式に次いで、今回が3度目のお付き合いになる。
長谷川さんとお仕事をするたびに、「プロフェッショナルだなあ、この人」と思う。 NOと言うことがない。 俺は音楽的にかなり無知なので、無謀で無茶なリクエストをすることが、たぶん、よくあると思うんだ。 だけど、いつもほんの少しの思案の後、「やってみるよ」と言ってくれる。 そして期日までに必ずイメージ通りの作品を仕上げてくれる。 彼に仕事をオーダーしたあとは、なんだか大船に乗った気になる。 きっと長谷川さんがなんとかしてくれるさ、と。
つくづく俺の仕事は他人頼りだなあ、と思う。 音楽も振付も衣裳も装置も照明も台本も、俺は口しか出さない。 口八丁手八丁。 周りが優秀な人ばかりで本当にラッキーな俺。
最近まめに更新していると思いませんか。(2006.09.10)
本日(9日)は昨日立てた香盤を元に、振付の田井中さんとダンスナンバーの打ち合わせ。
プロの舞台と違って、芝居もダンスも素人の方たちなので構成の立て方とか、曲目の選び方、アレンジの仕方、曲目の長さなど、様々な工夫が必要。
それから意外に大変なのが、曲目ごとにどのような衣裳にするのかを決めること。 予算が潤沢にあれば何の問題のないんだけど、今回はかなりの倹約が必要。 となると、いかにお金を使わずにあの大人数の衣裳を賄うか、それがとても重要な問題。 振付の打ち合わせをしながら、衣裳の心配もしなくてはならないので、なかなか大変なのであるのだよ。
例えば30人のギャル達に、ある場面でサンバを踊らせたいとする。だけど、本格的なサンバの衣裳をその人数分用意するのはたぶん無理だから、代わりにどんな工夫をしたらそれと同等の視覚的、表現的な効果を得られるかを考えながら、振付イメージを作っていかなくてはならない。 それが出来ないなら、根本的にサンバのシーンを諦めなくてはならない。 自分の劇団の仕事でなかったら、こんなことまで考えないでもっとわがまま言っていればいいんだけど。
けれど、様々な制約があるのは決して悪いことばかりではなくて、限られた条件の中で、表現したいことを実現させようと工夫することで、意外に面白い発想が生まれることが多々ある。 いかに不自由な状況を楽しめるかが大切なのだ。
今日は豊橋の先輩である杉田成道監督の『死亡推定時刻』というドラマがオンエアされた。 普段、ドラマはほとんど観ることがないんだけど、ご本人から観るように言われていたし、主演も『豊橋オーレ!』に出てくださる松平健さんということで、ビデオに録って先ほど拝見させてもらった。
ドラマの内容自体は普通の2時間サスペンスと大差ないと思ったけど、杉田さんが撮るとなんであんなに格調高くなるのだろう。 ずっしりと腹にこたえる作品だった。 悔やみきれないのは、ドラマの時間を2時間だと思い込んでいて、2時間テープで標準録画をしたので、肝心の結末シーンが録れていなかったこと。 いったいどんな結末だったのだろう。 すっげえ気になる。
今日は特に画像がなかったので、どうでもいい絵でごめんなさい。我が家の天使達。
自宅にて。(2006.09.09)
日付は変わってしまったけど、本日(8日)は、自宅にてお勉強とお仕事。 昼間は1月上演予定のミュージカルの原作本を読み返して、あれやこれや上演戦略を練った。 その後、『豊橋オーレ!』で使う曲を探したり、各場面の香盤を組み立てたりした。というか今現在まだしている。
「香盤」というこの言葉、一般の人には馴染みがない言葉だと思う。 「こうばん」と読む。 広辞苑によると、 1.香炉に同じ。 2.興行関係の総俳優の出場と役割とを表示したもの。 3.歌舞伎劇場の観客席の配置図。今も切符売り場にある観客座席表をいう。 とある。
僕らが普段使っているのは2の意味。 各俳優がどの場面でどんな役で出ているのかを整理して、それを表にする。
少人数の一幕物の芝居なら、そんな表を作らなくても、誰がどんな役でどこに出ているのか、分かりやすいので問題ない。 けれど、出演者が多かったり、一人が何役もやっていたり、場面数が多かったりすると、この香盤をきちんと立てて整理しないと、スタッフはおろか、本人でさえも理解できないことが多い。
扉座の芝居はどんなに多くても2、30名なので、そんなに大変ではないのだが、今回は何度も書いている様に、総勢155名! しかも市民劇という性格上、なるべくなら分け隔てなく出演機会を均等に(それはありえないけど出来得る限り)与えたい。 なので、自然この香盤作りが大変になる。
Aさんはオープニングで出ているけど、Bさんはオープニングも次の芝居場も出ていない。となると、次のダンスナンバーにはなるべく目立つところで使ってあげよう。 Cさんのダンス技術はとても高い。なので高度なテクニックを必要とするナンバーには重要なポジジョンで踊ってもらおう。そのかわり、戦争のシーンではお休みしてもらおう。 などと、155名、一人ひとりの出番を考えていると、頭の中がヒートアイランド現象を引き起こして、時々意味不明の叫び声をあげたくなってしまう。
一番の問題は、人数が多すぎて未だに各人の顔や特徴を覚え切れていないことだ。 本当は一人ひとりの個性を見極めて、香盤を決定したいところだが、時間的猶予が乏しいのだよ。
こういう作業はある意味クリエイティブな作業ではないので、余計にストレスが溜まる。 ストレスが溜まると、なんとかそれを解消したいと思うのが人の情というもの。 俺のストレス発散行為は唯ひとつ。なにか物を買うこと。 それもなるべく衝動買いが望ましい。 散財すること。すると何故かすっきりする。 一番多いのは服だけど、家具やアクセ小物類もしょっちゅう買ってしまう。 少ない稼ぎなので、当然すぐに文無しになってしまう。 文無しになるから、働く意欲が湧いてくる。 ちょっと、自己行為を正当化しすぎだけど、まあそんな繰り返しの日々。
今日も家でちまちま作業をしていたら、無性に買い物がしたくなって、気付いたら近所のセレクトショップに駆け込んでいた。 そして、未だ残暑厳しき折だというのに、冬物のロングコートを購入してしまっていた。
そんな具合で、まだ当分着ることのない洋服たちがワードローブの中に着々と増え続けている。
長ラン(学ラン)のようなデザインに一目惚れ。本日のお買い上げ商品。
観劇の日々(2006.09.08)
昨日は新橋演舞場へ『魔界転生』を観に行った。 友人である美術家・金井勇一郎氏が今回も招待してくれたのだ。 話題作の舞台装置を次々と担当している勇ちゃんのお蔭で、ここのところ立て続けに、贅沢な舞台を、とても良い席で拝見させてもらっている。 持つべきは優秀な友。
面白かった。 とても良く出来た娯楽作品だ。 脚本・演出のG2さんは力のある人だなあ。 芝居の隅々まできちんと目が届いていて、なんというか品格のある舞台になっていたと思う。
特に前田清実さん振付によるところの、幕開きのステージングは秀逸だった。 単なるプロローグに終わらず、この物語の世界観をシンプルに表していて、そして美しい。 この先どんな素敵な物語が始まるのだろう、というワクワクする気持ちが否応なく高まった。 こういう導入の仕方は好きだなあ。 この場面だけでも、もう一度観たいと思うもの。
金井勇一郎もG2さんの演出のもと、思う存分に力を発揮していた。 かなり場数の多い芝居だったけど、どの場面もいい絵だった。面白い美術だった。 場面転換の度に変化していく装置を観るのがとても楽しみだった。 彼は大きな劇場の使い方を心得ている。 舞台を広く使うときと、狭く区切るときの、その絵の作り方のセンスが良いし、発想が冴えている。
橋之助さん、予想外に良かった。(失礼) 柳生十兵衛はオレ的にはやっぱり千葉真一のイメージが強いので、何故、橋之助さん?と思ったのだが、人間味のある愛すべき十兵衛像を作り上げていた。 何より笑顔がいい。 なんで梨園のサラブレッドの方々の笑顔は、ああいう風に底が抜けているんだろう。 まじりっけなしの笑顔というか。 育ちかな。育ちだな。人間性だよな。 オレはきっとあんなふうに笑えてないな。 あんなふうに笑える男になりたいものよ。
遠藤久美子がすっごく良かった。 舞台向きだよ、彼女。 せりふがきっちり当たるべきところに当たっているとでもいうのかな、せりふの絶対音感みたいのを持っているような気がした。
成宮の芝居を久々に観た。 こんな大舞台のど真ん中に立っていても、ちっとも動じていない。そのことにまず感心した。 スターの資質を持っている男なんだね。 でもまだ自分のイメージしていること、やりたいことに技術が追いついていない感じ。 本人もそのことに歯がゆさを感じているんじゃないかな。 でも演技の源である想像力はしっかり持っている男だと思う。
さて今日は自宅でみっちりお仕事の予定。
豊橋(2006.09.05)
昨日はシアタートップスへ双数姉妹の『トリアージ』という芝居を観に行った。 双数の芝居は十数年ぶり。 知り合いもほとんどいなかったので、あまり公演情報が入ってこなくて、観る機会がなかったのだ。 それが最近、所属の役者さんの何人かとお知り合いになり、知り合いになったといっても一緒に仕事をしたとかではなくて、芝居がはねた後の飲み会などでお友達になった人ばかりなんだけど…、まあ、そんな縁で久々に観させてもらったのである。
お芝居は、昔の印象とずいぶん変わっていた。 ものすごく親しみやすい芝居になっていた。 ちょっとしたミュージカル仕立てになっていて、突然歌い出したりするところなどは、思わず吹き出してしまったりしたけれど、心の中で色々突っ込みを入れながら、最後まで飽きずに楽しめた。 なんというか、感じの良い舞台だったです。
で、本日は『豊橋オーレ!』の記者会見のため、我が故郷・豊橋へ。 地元メディアの方々が取材をしてくださった。 参加者はおいらの他に、今回の企画の発案者で、俺たちを起用してくれたフジテレビの杉田成道監督(豊橋出身)と作家の鈴木哲也くん(豊橋の予備校に通っていた男)、それから赤星。 スターの会見じゃないから、かなり地味な会だったけど、予想以上に記者の方たちが熱心にいろんな事を聴いてくださった。
明日の朝刊に記事が載るはずだから、豊橋近辺の方たちは是非チェックしてくだされ。
明日は資料集めをした後、夜はグローブ座へ行く予定。 村松武さん作・演出の『陥人・どぽんど』を観るのだ。 これには山田まりやクンが出ている。 まりやは最近凄いね。舞台に出まくっている。 年に何回キミの舞台を観に行けばいいんだ!という感じだよ。 でもお世辞じゃなく、どんどん力をつけてきている。
この芝居には他に、津田健次郎君が出ている。 津田君は今年オレが演出した『tatsuya』にも出演した男なんだけど、とてもいい役者なのだ。 知らない人は要チェック。 彼とは来年もまた一緒にやる予定。
最近オレの周りで禁煙している奴が急増中。 近しい友人だけで5,6人はいる。 もぼ鈴木も辞めて8ヶ月になるらしい。 オレも2年半以上吸っていない。 最近赤星までが禁煙を始めた。 ついにうちの事務所で吸っているのは田中信也君だけになってしまった。 さぞ肩身が狭いことだろうね、チャーリー君。
真ん中が杉田監督。左のデカイのが鈴木哲也(もぼ)君。
近況(2006.09.03)
『サクラファイナル』が終わってから、あっという間に10日が経った。 残り少ない夏を、少しくらいは満喫したいところだったのだが、怒涛のように次の仕事が押し寄せてくる。 今は12月の豊橋市民音楽劇『豊橋オーレ!』と、1月にやるオリジナルミュージカル(まだ未発表)の準備を進めている。
先週は4日間泊り込みで、豊橋の稽古をやった。 今年に入ってから何度かワークショップを重ねてきたのだが、今回の稽古で本格的に上演のための芝居作りを始める。 稽古場は主に中学校の体育館。6歳から72歳までの多種多様な出演者155名が揃うと、その人数の多さとバラエティーの豊かさに頭がクラクラする。 イベントならこれよりずっと多い数を仕切ったことはあるが、普通の劇場でやるお芝居に、この人数はさすがに多い。 これだけの人間が長時間、稽古場で集中力を維持するのはとても難しい。それを感じた稽古だった。
しかし、数はすなわちパワーでもある。 これだけの多様な人間が同じ目的に向かって力を合わせたときには、きっと凄まじいエネルギーが噴き出してくるはずだ。 素人であっても、プロの作品を超える舞台を作ることができるはずだ。 けれど、豊橋の人たちは奥ゆかしいというか、いまひとつ闘志が前に出てこないというか、照れ性というか、現段階ではまだまだ歯がゆい。俺にも豊橋の血が流れているから言うのだが…。
でも、役者の力を引き出せないのは演出の責任である。 あと本番まで3ヶ月。155名全てを表現者の顔にする。俺にとっても勝負です。
とはいえ、今回の豊橋遠征では大きな収穫があった。 メインは総勢90名が出演するオープニングダンスの振り付けだったのだが、その中に期待以上に踊れる子が幾人もいた。 それから下手な人も下手なりに、気落ちせず、前向きに努力を重ねてくれていて、今後の進歩に期待が持てた。 この四日間で踊ることの楽しみが少しづつ分かってきたんじゃないかな。
中には地元のアマチュア劇団の人もいるが、大多数はダンスも芝居もやったことのない一般市民である。 その人たちが、冷房のない中学の体育館で、汗まみれになりながら、不器用に手を上げ足を上げ、もつれながら回っている。 それは、ただもうそれだけで、なんだか嬉しい風景ではある。
次回稽古は9月17日と18日。 短期集中稽古だ。
話しは変わるが、最近、隙間をぬって舞台をちょこちょこ観に行っている。 自分が舞台をやっているときは観られないので、この時期に色々観て充電しないとな。 ただ、どうしても知り合いのやっている舞台を観る事が多い。 知り合いが増えれば増えるほど、観るべき舞台が増える。
最近観た舞台。 モダンスイマーズ。マッシュボーンのシザーハンズ。犬の会。経済とH。 今週の観劇予定。 双数姉妹。魔界転生。あと、行けるかどうか分からないけど知り合いの舞台数本。
昨日は1月のミュージカル出演者のオーディションを行った。 色んなプロダクションから沢山の役者さんタレントさんが集まってくれた。 ついこの前まで向こう側にいた自分が審査しているのが不思議な気持ち。 役者さんの緊張が伝わってきてこちらも緊張する。
このミュージカルもやりたいことが本当に上手くいったら、なかなか凄い舞台になると思う。当たり前か……。
今回は振付の田井中君が本当に頑張ってくれた。 総勢90名。4分間もある大ナンバーを見事に作り上げた。
8月(2006.09.02)
ご無沙汰。 本当にごぶさた。
今日こそ書き込もう、明日こそ更新しようと思いつつ、 一月以上サボってしまった。 何故だろう、8月はダメだ。 あ、ダメといっても、この日記だけな。日常生活はすこぶる快調でござる。 久々なので文章もちょびっと変。
さっき気付いたんだけど、去年も一昨年も8月は一度も更新していない。 これはやっぱり、『サクラ大戦』をやっていたからなのかなあ。 色んな所属の人たちが集まっているカンパニーなので、自分の劇団のように好き勝手に書けないんだよな。 もちろん4年も一緒に芝居を作ってきた仲間なので、気兼ねなどほとんどないんだけど、それでも扉座のホームページの中で書くべき内容かどうかなんて事を考えると、もう書くのが面倒くさくなる。 八月は空白の月。
そんな『サクラ大戦歌謡ショウ』もこの夏、ついに10年の歴史に終止符を打った。 ぼくは4年前の初参加以来、毎年夏と冬、7公演に演出として関わらせてもらった。 この数年、劇団公演には年に1回しか参加していないので、むしろ扉座より濃い関係を重ねてきたともいえる。
『サクラ大戦』で演出をさせてもらったのは本当にラッキーだった。 4年前のオレは、たった2本しか演出をしたことのない小劇場の駆け出し演出家だった。 そして、役者を続けるのか演出に本腰を入れるのか、まだ決めかねていた時期だった。 本当にプロデューサーの広井王子さんには感謝している。 よくこんな海の物とも山の物ともつかぬ男を、いきなり演出で使ってくださった。
『サクラ』で得た経験は本当に大きい。 普通にしてて、この俺が、厚生年金や青山劇場みたいな劇場で演出することなんかあり得ないよ。 この4年間は、扉座だけでは知りえないこと体験できないことばかりだった。 このカンパニーの仕事を通して、演出家としての力をつけさせてもらったと思う。 大きな劇場でのテクニックをずいぶん学ばせてもらった。 フライングもやらせてもらった。 エアリアルもやらせてもらった。 ミュージカルを構成する、歌や演奏や踊りについても、優秀なスタッフや演者から、沢山沢山吸収させて貰った。 なにより、この4年間で沢山の仲間と出会った。 その中の多くの人とは、きっとこの先も一緒に仕事をする機会ががあるだろう。
『サクラ』と出会って、演出家としてやっていく決意を固めることができた。 この先、もっともっと良い演出家になることが、この俺を育ててくれた『サクラ』への恩返しになると思う。
『サクラ大戦歌謡ショウ』関係者のみなさん、10年間本当にお疲れ様でした。 そして本当にお世話になりました。ありがとうございました。 それから支えてくれた観客のみなさん、ありがとうございました。 みなさんのおかげで素晴らしいファイナル公演になりました。 またお会いできる日を。
サイリュウムのさくら色で染まる千秋楽の青山劇場。
舞台稽古にて(2006.09.01)
筆者近影。
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